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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)6761号 判決 1975年12月24日

原告 旭トレーデイング株式会社

被告 株式会社交誠社

主文

一  被告が訴外日本高分子光学株式会社に対する東京地方裁判所昭和四八年(ヨ)第五二三八号有体動産仮差押決定正本に基づき、昭和四八年八月一七日別紙物件目録(一)記載の動産に対し、同月二〇日同目録(二)記載の動産に対してなした各強制執行は、いずれも許さない。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分しその一を原告の負担としその余は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項と同旨

2  被告が訴外日本高分子光学株式会社に対する不動産賃貸借の先取特権に基づいて別紙物件目録(三)記載の動産に対して申立てた競売はこれを許さない。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、訴外日本高分子光学株式会社(以下「訴外会社」という)に対する東京地方裁判所昭和四八年(ヨ)第五二三八号有体動産仮差押の仮差押決定正本に基づき、昭和四八年八月一七日東京都港区新橋二丁目九番地一〇所在、中央建物ビル三階の一室である訴外会社事務所(以下、「本件建物」という。)において、別紙物件目録(一)記載の動産に対し、同月二〇日同所で同目録(二)記載の動産に対し、仮差押をした(以下、同目録(一)及び(二)記載の物件を「本件物件」という。)。

2  被告は、訴外会社に対する建物の賃料、共益費用、損害金等合計九五万八五八五円の弁済に充てるため、本件物件のうち別紙物件目録(三)記載の動産(以下(三)の物件という。)に対し先取特権を有していると主張して、昭和四八年八月二一日、東京地方裁判所執行官に右動産の任意競売の申立をなし(同庁(執イ)第四七一一号事件)、競売期日が、同年九月一日に指定された。

3  本件物件は、原告が昭和四八年五月一四日、同月一五日、同年六月五日、台北市にある松木企業股分有限公司より買受けて輸入し、現実の引渡を受けたものであつて、原告の所有に属する(本件物件が本件建物内にあつたのは原告が訴外会社に右物件の売買の斡旋を依頼し、昭和四八年七月一一日、同年八月四日の二回に分けて訴外会社に預けたことによる。)。

よつて前記仮差押の執行および前記競売手続の排除を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実は否認する。本件物件は、訴外会社が買受け、輸入したものであつて、訴外会社の所有に属する。右の輸入は原告名義で行われたが、それは、訴外会社が原告から輸入資金を借受けることとし、直接現金で借受けるかわりに、原告が訴外会社のために原告の資金で原告名義を用いて輸入手続を行い、これに要した資金一切を貸与金額として、訴外会社が輸入商品を売却した時点で、月六分の利息を付して清算するという形がとられたからにすぎない。

三  抗弁

被告は(三)の物件に対し次のとおり不動産賃貸の先取特権を有している。すなわち、

(一)  被告は訴外会社に対し、昭和四七年九月一日、前記中央建物ビル三階のうち被告が賃借中の本件建物を、一時使用の目的で、賃料を一か月九万八〇〇〇円、期間を四か月と定めて転貸した。

(二)  被告会社は訴外会社に対し、本件建物の未払賃料、共益費用、損害金として、別紙債権目録記載のとおり、合計九五万八五八五円の債権を有する。

(三)  (三)の物件は、請求の原因に対する認否2において主張したとおり、訴外会社の所有であり、かつ訴外会社が本件建物に持ち込み備え付けたものである。

(四)  仮に(三)の物件が原告の所有であるとしても、被告はそれが本件建物に持ち込まれた当時ないしは被告がそのことを知つた当時、訴外会社の所有であると信じかつそのように信じたことに過失はなかつたから、被告は(三)の物件につき先取特権を即時取得した。

四  抗弁に対する認否

(一)のうち訴外会社が被告会社から本件建物を転借していた事実は認めるが、その余の事実は不知。(二)の事実も知らない。(三)の事実のうち本件物件が本件建物に持ち込まれたことは認め、その余は否認する。本件物件は一時的に持ち込まれた商品であり、建物に備え付けた動産とはいえない。(四)の事実は否認する。先取特権の即時取得の要件となる被告の善意、無過失は先取特権実行時を基準とすべきであり、被告は本件競売申立当時には、本件物件が原告の所有であることにつき悪意であつた。

仮に被告が先取特権を取得したとしても、その被担保債権額は原告が本件物件を本件建物に最初に搬入した昭和四八年七月一一日から訴外会社が本件建物を明渡した同年八月二〇日までの賃料(被告の主張によつても一二万九五八五円)にすぎない。

第三証拠<省略>

理由

一  仮差押執行に対する異議について

被告が訴外会社に対する東京地方裁判所昭和四八年(ヨ)第五二三八号事件の有体動産仮差押決定正本に基づき昭和四八年八月一七日、及び同月二〇日、本件建物において本件物件の仮差押をしたことは当事者間に争いがない。

そこで本件物件が原告の所有に属するかどうかについて判断する。

成立に争いのない甲第二六、二七号証、原告代表者尋問の結果によりいずれも真正に成立したと認められる甲第一ないし第一三号証、第一四号証の一、二、第一五ないし第一七号証、第一八、一九号証の各一、二、第二〇号証、第二一号証の一、二、第二二、二三号証、証人野元一次郎、同川上平八郎の各証言によりいずれも真正に成立したと認められる甲第二四、二五号証、第二八号証、及び証人野元一次郎、同川上平八郎の各証言及び原告代表者尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると次のとおりの事実が認められる。

1  訴外会社は、複製名画及び額縁等の製作、販売を業としており、台湾から額縁及びその半製品等を輸入する計画をたてた。しかし、資金力が乏しく、銀行から信用状の開設を受けることができないので、原告及び訴外川上商事株式会社と交渉のすえ、昭和四七年一〇月ごろ、右三者間で、「川上商事が資金を出し、原告が取引銀行である住友銀行(平野支店)から原告名義の信用状の開設を受けてこれを訴外会社に貸し与える。訴外会社は、これを使用し、形式上原告の名義を借用して輸入を行い、原告に対し信用状開設資金に対する利息を支払う。原告はこの利息を川上商事と分配する。」との旨の取引に関する合意を結んだ。

2  原告は、間もなく、川上商事が出捐した資金により住友銀行から信用状の開設を受け、これを訴外会社に貸し与えた。ところが、訴外会社の台湾での商談が順調にすすまず、信用状記載の船積期間を徒過する事態を生じたことから、川上商事と原告は不安を感じ、昭和四八年二月ごろ、右三者間で、従前の取引方法を、「川上商事は資金の提供を続けるが、台湾からの商品の買付け、輸入及び国内での販売は、すべて原告が主体となつて行い、訴外会社は、原告のために買付先との交渉、売買契約締結事務及び輸入商品の販売の斡旋、未完成品の加工仕上げ等を担当するにとどめ、原告からその報酬の支払を受ける。」ことに改める旨の合意がなされるとともに、訴外会社は、将来右合意に基づいて商品の買付け、輸入をしても、その所有権を訴外会社が取得するものではないことを確認し、その旨の誓約書(甲第二四号証)を、作成日付は従前の話合いに基づく最初の取引行為のなされた昭和四七年一一月七日にさかのぼらせて、作成した。

3  本件物件は、この合意に基づいて、原告主張のとおりのころ松木企業股分有限公司から原告名義で買付けられ、そのころ基隆港で船積みされて大阪港に運送され、訴外大阪関汽商運株式会社が原告のために荷卸しを受けてこれを受領した(輸入手続が原告名義でなされたことは、被告も認めるところである。)。

4  本件物件が、本件各仮差押執行当時、執行場所である本件建物内にあつたのは、原告が訴外会社に加工仕上げと販売の斡旋を依頼して、昭和四八年七月一一日ごろ及び同年八月四日ごろの二回に分けて預託し、訴外会社の事務所である本件建物内にそのころ持ち込まれたことによるものである。

以上の事実が認められ、これらの事実によると、本件物件の買受け、輸入によりその所有権を取得したのは原告であるというべきである。証人秋山頼次、同斉藤博昭の各証言のうち以上の認定に反する部分は、前掲各証拠と対比して採用できない。

してみると、原告の所有である本件物件に対し、訴外会社を債務者とする仮差押決定正本に基づいてなされた本件各仮差押執行は、排除を免れない。

二  競売手続に対する異議について

被告が訴外会社に対する建物の賃料等の債権の弁済に充てるため(三)の物件に対し先取特権を有していると主張して、東京地方裁判所執行官に右動産の任意競売の申立をなし同裁判所(執イ)第四七一一号事件として競売期日が昭和四八年九月一日に指定されたこと及び被告が本件建物を訴外会社に転貸していたこと及び(三)の物件が本件建物に持ち込まれたことは当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第二九号証、証人野元一次郎、同斉藤博昭の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、被告が本件建物を訴外会社に転貸したのは昭和四七年九月一日ごろであり、期間を四か月とする一時使用の目的の賃貸借であつたが、訴外会社は期間満了後もその使用を継続していたこと、賃料は被告が家主の中央建物に支払うべき賃料と同額の一か月九万八〇〇〇円とし、これに被告が中央建物に支払うべき共益費を付加して、訴外会社が直接中央建物に対し、被告の支払うべき賃料及び共益費を被告に代つて支払う方法により決済する旨の約定であつたところ、その後中央建物が無断転貸を理由に賃料の受領を拒否したことなどから、訴外会社が中央建物への支払を続けず、さりとて被告に賃料等を支払うこともしなかつたので、被告が本件競売申立をした昭和四八年八月二一日当時、訴外会社は被告に対し、別紙債権目録記載のとおり、既に履行期の到来した合計九五万八五八五円の賃料、共益費及び賃料相当損害金債務を遅滞していたことが認められる。

原告は(三)の物件は、本件建物に一時的に持ち込まれた商品であるから、建物に備付けた動産とはいえないと主張する。しかしながら、不動産賃貸の先取特権の目的として民法第三一三条第二項の定める「建物ニ備付ケタル動産」は、ある期間継続して存置するために建物に持ち込まれた動産であれば足り、この要件をみたせば商品であつても差支えはないと解すべきところ、(三)の物件を含む本件物件が、原告から訴外会社に対し加工仕上げと販売の斡旋を依頼して、昭和四八年七月一一日ごろと同年八月四日ごろの二回に分けて預託され、そのころ本件建物内に持ち込まれたものであることは、さきに認定したとおりであり、しかも、同年八月一七日及び同月二〇日の本件各仮差押執行が本件建物でなされていることからみて、本件物件が右執行に至るまで本件建物に存置されていたことは明らかであつて、(三)の物件は、加工仕上げ及び販売の斡旋が終るまで継続して存置するために本件建物に持ち込まれたものと認めるほかはないから、「建物ニ備付ケタル動産」に該当するものというべく、これと見解を異にする原告の右主張は採用しない。

もつとも、(三)の物件を含む本件物件が債務者である訴外会社の所有ではなく、原告の所有であることは前認定のとおりであり、これを訴外会社の所有であるとする被告の主張は理由がないのであるが、被告はさらに先取特権の即時取得を主張するので、以下この点について判断をすすめる。

建物賃貸借の先取特権は、目的物たる動産が建物に備付けられ、債権が発生したときに成立するのであるが、反面債権者はその動産に対し間接占有すら取得せず、債権者の直接又は間接の主観的要素を離れて動産が備付けられ、先取特権が発生することを考えると、民法第三一九条により準用される同法第一九二条の定める占有取得時における平穏、公然、善意、無過失の本来主観的要素を含む諸要件は、賃貸人が動産の備付けを知つたときを基準として判定すべきものと解するのが相当であり(旧民法債権担保編第一四七条第二項参照)、先取特権実行時を基準とすべきであるとの原告の主張は採用しない。そして、この場合にも同法第一八六条を類推して、善意、平穏、公然が推定せられ(もつとも、平穏、公然が問題となる場合は少いと思われる。)、賃貸人は無過失の点についてのみ主張立証の責任を負うものと考えられる。そこで本件の場合に、被告が(三)の物件の備付けられていることを知つたときに訴外会社の所有であると信じたことが無過失であつたかどうかについて検討する。台湾からの額縁及びその半製品等の輸入に関する原告、川上商事及び訴外会社の間の取引の内容が、当初は訴外会社が原告から信用状を借り受け、形式上原告の名義を用いて訴外会社が買付け、輸入を行う趣旨のものであつたのが、のちに原告が自ら輸入を行い、訴外会社は買付先との交渉、売買契約の締結事務及び輸入商品の加工仕上げ及び販売を担当するにとどまることに変更されたことは、さきに認定したとおりであり、成立に争いのない証人斉藤博昭、同野元一次郎の各証言及び弁論の全趣旨を総合すると、次のような事実が認められる。

訴外佐々木黎二弁護士は訴外会社と被告との双方の顧問弁護士を兼ね、その事務員である斉藤博昭も被告の名義上の監査役となり、訴外会社の台湾における買付けの円滑をはかるため、渡台したこともあつた。しかし、原告、川上商事及び訴外会社の間の取引関係について、被告側が訴外会社から知らされていたのは当初の話合いの内容のみであつて、それが後日変更されたことについては知らされておらず、佐々木弁護士や斉藤博昭もこれを知らなかつた。斉藤博昭は、佐々木弁護士の指示を受けて、被告のため、訴外会社の本件建物に対する占有を排除すべく、昭和四八年八月一四日ごろ、折から盆休暇中の訴外会社の事務所(本件建物)に赴いたところ、本件物件があるのを発見し、訴外会社が買付けて輸入したものと信じて、本件建物からその搬出を始めた。斉藤博昭は、以前にも賃料ないしは賃料相当損害金の支払を求めるため、訴外会社の野元一次郎を本件建物に訪ねた際、同人から、本件建物内にあつた本件物件と同様の額縁ないしその半製品を示し、販売先も決つているので、売れれば一括して滞納賃料を支払うとの説明を受けたことがあつた。このことも、斉藤が右のように信じる一因となつている。ところが前記搬出作業の途中で、中央ビルの管理人から電話連絡を受けて馳けつけてきた野元一次郎からは、原告の所有である旨の抗議を受けたが、右抗議を受けるまで被告の側では輸入された商品が原告の所有となる旨の説明を受けたことがなかつた。

右のような事実が認められる。以上の事実によれば、被告は遅くとも斉藤博昭が昭和四八年八月一四日ごろ本件建物に赴いて本件物件があるのを発見したときに、そのうちの(三)の物件についても本件建物に備付けられたことを知つたものというべく、それを知つた際に(三)の物件が訴外会社の所有であると信じたことにつき被告に過失はなかつたものということができる。証人川上平八郎の証言によると、本件物件の梱包には、送り先として原告の会社名の表示されていたことが認められるが、この事実も前記認定判断を左右するに足りるものではなく、同証人及び証人野元一次郎の各証言のうち叙上認定に牴触する部分は信用できない。また甲第二八号証の記載も前認定に供した証拠と対比すると右認定を動かす証拠とするに足りないし、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

被告の先取特権の即時取得の主張は理由がある。

原告は、被担保債権の額が一二万九五八五円にすぎないと主張するので、最後にこの点について判断する。

なるほど不動産賃貸の先取特権が即時取得された場合には、その被担保債権を当該動産の備付け以後に生じた債権に限るべきであると解する余地があるが、そのように解するとしても、本件の場合、(三)の物件が本件建物に持ち込まれたのちの賃料相当損害金債権がまだ弁済されていないことは、さきに認定してきたところから明白であり、被担保債権が存在している以上、その額の多寡にかかわらず、先取特権は(三)の物件の全部に不可分に及び、被告はその弁済を受けるまで(三)の物件の全部について競売をすることができ、ただ換価の段階において売得金が被担保債権を弁済し、競売費用を償うに足りるに至つたときに、残余について競売をすることができなくなるにとどまるから、原告の右主張は、競売手続の排除を求めるものとしては結局において理由がないことに帰する。

してみると、被告の先取特権取得の抗弁は理由があり、右先取特権に基づく競売の排除を求める原告の請求は理由がない。

三  よつて、原告の請求のうち、仮差押の排除を求める請求は正当として認容し、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平田浩)

(別紙)物件目録(一)(二)<省略>

(別紙)債権目録<省略>

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